詩集アフリカ 後半部

トップページへ

目次
まぼろし/  新世界/ 特異点/ アフリカ/ 銀の糸/ 約束の門/
開港記念日/ 街角/ 触発/ 港街/ 月と舟/ シンフォニー/
永遠/ 幻夢/ 恋歌/ クリスマス スノウ/ パステル/ 恋というものは/
酔いどれ/ 恋歌の終りに/ 秋の印象/ サラブレッド/ 宿命/
南東から来た男/ さよならピエロ/ 休息の地/ エアトレイン/
埠頭にて/ 坂道/ 生きる/ お墓参り/ 川/ 春の訪れ/ 春に/ 
宝島/ プロローグ/ 神の鳥の歌/ カオス/ 私はツバメ/ 
コラージュ/ ニュージェネレーション/ フラスコ/ アトモスフィア/ 
真夜中の子供達/ ベドラム/ ニカボーイ/ メランコリア/ 
フィオレンティーナ/ 真実と太陽/ 神よ/ 異邦人/ 聖域/ 
希望/ 地上

以下、詩集の後半部を紹介します。
 





           秋の印象



 季節の変わり目は秋に

 本を片手に僕を急がせる

 裏山の葉の落ちた木々は

 いっときの迷路を作って 子供達を誘い出す

 洋館は西に 崖はすぐ下に 光は斜めに

 それぞれの冬に向けて身構える

 すれ違った女の子は 後ろの方で

 はしゃぎながら 飛び跳ね 悲鳴をあげる

 崩れかけた石段を上ると 林になっていて

 チョークで描いたように ずっと奥まで続いている

 黄昏時の公園には 池があり 柳の木の下を

 落ち葉が浮いたり 沈んだりして 流れてゆく

 誰もいない並木道には ベンチがひとつ

 靄の向こうに 見え隠れしている

 取り残されたようにたたずむ 街灯は

 冷たく濡れていて 足元には苔が生えている

 街路を横切り 辺りを見渡すと

 いつのまにか ひらけた街並みに 人々が行き交い始める

 ──教会に向かって走り出す



          サラブレッド



 小さな牧場に流星の仔馬が生まれた

 小さな命は やがて 血の宿命と共に走り出した

 風と共に走り出した

 首はしなやかに曲がり たてがみは長く 黒かった

 人には命令されたが 彼は自分自身の意志に従い 走り続けた

 競馬場の大歓声の中でも 彼は黙って立っていた

 吹く風はまた いつにもまして強かった

 勝とうが負けようが 彼は走り続けた

 特に人を乗せていない時の彼は 風になって草原を吹いていた

 風は軽やかに丘を駆け上がった

 立ち止まると いつしか 彼だけに風が吹いていた



           宿命



 緑の芝の上を、いましも、一頭のサラブレッドが走って行く。
 金色の毛で覆われた、一陣の風の如き命。
 大地の震動と、唸り響く歓声。
 人波に呑まれて、時々見失う。
 しかし、その走る姿は十数頭の中でもすぐに分かる。
 円を描くようなストライド。
 ひときわ優雅で、ひときわ美しい。
 「こんな筈じゃなかった」
 近くで聞こえる呟き。
 或いは、理想の中で現実を見つめる瞳。
 競馬場に於いても、馬達は遠く離れている。
 その中でも、視界に入る一頭のサラブレッド。
 人間の目を覚まさせる。
 彼だけは、すぐ近くに迫ってきている。
 走り勝つその魂は迫力に満ち、止まる事を知らないようだ。
 走って、走って。
 その先に何があるのか?
 ゴールか? 休息か? また次のレースか?
 その姿、美しいゆえに目をそらしてしまう。
 瞬間、一際高い喚声があがり、視線を戻すと、
 美しき彼は、ぽつんと馬場の上に横たわっていた。
 集まる人々。
 必死に立とうとする姿。
 馬運車に乗せられ消えて行く。
 やがて彼は降ろされ、この地上に最後の息を吹きかける。



           南東から来た男



 この緑深い黒い森でカウフマンは生まれた。彼は生まれてすぐに両親を事故で亡くしたのだが、それはとりたてて話す程の事でもない。彼はもともと測量士をして生計を立てていたが、平凡な生活は訪れる事もなく、非日常的な現実が彼を逃す筈はなかった。それは黒い森のイメージが終生ついてまわったからなのか、彼自身の異常な能力がそうさせるのかは定かではない。まず動物達がよくなついた。野生の動物であるにも拘わらず。彼は空気の変化も肌で感じるのか、雨が降る日は晴れている時からよく分かった。彼を目撃した人の一人は、彼のまわりに何か光のような、丸い綿のような物が、彼のまわりに回っているのをよく見るという。彼の緑の目はこちらの考えを見抜いているかのように、不思議な感覚を覚える。めったにしゃべらないのであるが、一声を発すると、その目に、その言葉に、皆ひきこまれるのだそうだ。そんな彼がある日、皆には不思議だが、彼にはそうでもない話を村の人間に話した。それは、彼が南東の方を旅していた頃、町外れにある教会を訪れた時の事だった。中に入ると、一人の男が祈りを捧げている。その男は彼が来るのを知っていたかのように、振り向きもせず話しかけてきた。
「丘に来たるべき人が待っている。すぐに行きなさい」
 何故か彼にはその意味が一瞬のうちに理解でき、裏手にある丘へと向かった。
 丘には不思議な建物のようなものがあり、数人の人間みたいな生き物が立っていて、そのうちの一人が、突然、光る槍のような物を彼に投げつけた。彼は気を失い、気がつくとベッドに横たわっていた。すると部屋に女が入って来て、なにやら聞いた事のない言葉で話しかけてきた。初めのうちはよく解らなかったが、暫く聞いていると理解出来るようになった。彼女の言うには、この世界とは違う世界から来たのだという。そして、同志である彼を迎えに来たともいうのである。カウフマンは信じようとはしなかった。彼女が言っている事は荒唐無稽だし、なにぶん彼は女というものを信用していなかったのである。彼が望む事は彼女を悟し、早く旅を再開する事だった。彼女は言った。あなたは今日から他の人間とは違う生物に生まれ変わったのだと。そして、いずれは私達、同志と行動を共にする運命であると。カウフマンは言った。証拠も無しにそんな事を言われても困る。私は帰らねばならない。どうだろう、私を自由にさせてはくれまいか? 彼女は答えた。もちろん、と。しかし、あなたにはやっていただく事がある。人々を、生き物を、自然を、あなたの力で救っていただきたい。あなたはいずれまた、私達の所に帰って来るのだから、心配しないで行動してほしいと。カウフマンは、仮にあなたの言う事が本当だとしても、私にそんな事をする義務があるのだろうか? 私にそんな事が出来るのだろうか? 出来る、と彼女。あなたは存在している事自体、数多くの役に立っている。あなたの力は今までより、さらに進化したものになるでしょう。それがあなたの運命なのです。
 カウフマンは南東の町を後にした。そして、行く先々で道具を使わず、人々の病気を治し、動物を助け、草木を育み、こうして自分の生まれた森の村里に帰って来たのだそうだ。人々は、まさかと思った。確かに不思議な力だが、人間ではないなんて。子供の頃から知っているのに・・・・・・。
 カウフマンは、そろそろまた出発するという。村人は止めた。彼は、困っている人がいるのなら、まだここにいるが、そうでは無いなら、また別の国や村に行かなくては、と言って村人をたしなめた。
 カウフマンが出発するという噂を聞きつけて、村人がどんどん集まって来た。
 その人々がごったがえしている中、一人の男がカウフマンの前におどり出た。彼は医者だった。医者の彼はカウフマンに対して大声で叫んだ。
「悪魔の手先め!」
 医者は銃をカウフマンに向けて発砲した。
 大勢の悲鳴と混乱の中で、カウフマンは倒れていた。皆、取り乱し、医者を押さえ込む者、カウフマンを運ぼうとする者、騒然となった。
 だが、医者が急に暴れるのをやめ、カウフマンの方を見た時、村人はカウフマンから一斉に離れ去っていた。
 撃たれて瀕死の筈のカウフマンが、青い血を流しながら立っていた。
 彼は体を引きずりながら悲しそうに笑うと、村人に別れを告げ、黒き森の中に消えて行った。




           さよならピエロ



 「ねぇママ? ねぇねぇ?」
 「どうしたの? また気ぃ気ぃ(かんのむしの事)悪いの?」
 「うぅんキィキィ悪くないよ。ねぇママ、パパの事好き? どうして結婚したの?」
 「お見合いをして結婚したのよ」
 「ママはパパの事が好きだから結婚したの?」
 「さぁ? 歳が歳だったから結婚せざるをえなかったのよ」
 「好きでもないのに結婚したの?」
 「そんな事はないけど・・・・・・」
 「じゃあなんで結婚したの?」
 「お婆ちゃんが結婚しなさいって言うから」
 「嫌いなのに結婚したの?」
 「そうじゃなくって、好きとか嫌いとかじゃないのよ」
 「ふーん。じゃあ、僕が産まれた時は嬉しかった?」
 「そりゃ嬉しいに決まってるじゃない。赤ちゃんはかわいいからねぇ」
 「ふーん・・・・・・。赤ちゃんは好きなんだ」
 「自分の赤ちゃんが嫌いな母親なんていないのよ」
 「ふーん、ふーん、じゃあなんで赤ちゃんを捨てる人がいるのさ」
 「・・・・・・」
 「どうして捨てる事ができるの?」
 「TVの見過ぎよ! 早く寝なさい!」
 「そんなに怒らなくてもいいのに。ママは僕の事が嫌いなんだ。だからよく怒るんだ。きっと僕は捨て子なんだ。パパが僕をどこからか拾ってきたんだ」
 「まぁ、なんて事を言うの。いいかげんにしなさい!」
 パチンッ。少年は部屋が暗くなると、泣き疲れて夢の中へ。そして、汽車に乗って本当の母親を捜す旅に出る夢を見た。
 「僕は出て行っちゃうからね。ほんとうだからね」
 汽車は前触れもなく走り出す。そして汽車の荷台に寝転んでいる少年の頭上高く、月がどこまで行っても少年から離れずに輝いているのだった。



           エアトレイン



 夜 埠頭に車を止め

 無人のモノレールが通り過ぎるのを見る

 火花を散らし

 擦り減っていくようにカーブして行く

 蜂の巣のようなステーション

 誰もいないのに 明かりだけが点っている

 巨大なコンクリートで覆われた

 この空間に

 あるいは 暗闇の向こうに

 モノレールは消えて行く

 恐ろしい耳鳴りが 急ぐように遠ざかると

 真の暗闇が 孤独のように襲ってくる



  

後半部終わり シュルレアリスム編へ続く

トップページへ

Copyright(C) 2000- Toshiaki Hirabayashi. All Rights Reserved.